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イラン建築のタイルについて
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イランの建築といえば誰もが(?)思い浮かべるのが青いタイルに覆われた壮麗なモスクであろう。今回の旅ではタイルに注目してみたので、それについて簡単に記録してみることにする。

イスラーム建築で使われるタイル装飾には、基本的にモアッラクと呼ばれる「モザイクタイル」とハフトランギーと呼ばれる「絵付けタイル」があり、今回の旅ではそうした分類の視点を持ちながらいろいろと観察してみた。

ヤズドのマスジェデ・ジャーメのタイル

※ マスジェデ・ジャーメとは「大モスク」「金曜モスク」「集会モスク」などとも訳されるような、金曜日の集団礼拝用の大きなモスクのこと。

マスジェデ・ジャーメ(ヤズド)/モアッラク
写真379 モザイクタイル

マスジェデ・ジャーメ(ヤズド)/モアッラク
写真402 モザイクタイル(ちょっと荒い)

マスジェデ・ジャーメ(ヤズド)/モアッラク
写真409 レンガ装飾との組合せ

ヤズドのマスジェデ・ジャーメは、14-15世紀頃にかけてつくられた古いモスクである。絵付けタイルの技法は16世紀のサファヴィー朝の時代に開発され普及したものであるため、このモスクのタイルは全部モザイクタイルで、絵付けタイルは見かけなかった。修復がされても「安い」絵付けタイルにしていないのを見ると少し安心する。(絵付けタイルは経済的にも安くて、技術的にも簡単につくれるのが長所だが、モザイクタイルに比べるとやはりいかにも安っぽいと感じるし、個人的にも感動が少ないのであまり好きではない。)

モザイクタイルとは言っても、中央の写真402のタイルは少し荒っぽい感じがする。これに対して左の写真379のタイルは個人的には「これぞイランのタイル!」という感じがする。5-7色くらいのタイルを組み合わせて美しい蔓草文様を描いている。右の写真409を見てみよう。サファヴィー朝期以前のイスラーム建築では、日干し煉瓦に凹凸をつけて装飾することが多かった。この写真の作例は、そうした伝統的な装飾とタイルとの共存というか、タイル装飾への移行期的な意味合いを読み取れる組み合わせだと感じる。実際にはどうなのかわからないが。

サファヴィー朝初期の首都、ガズヴィーンのタイル

エマームザーデイェ・ホセイン
写真1413 エマームザーデイェ・ホセイン
建物裏側のイーワーン/モザイクタイル

マスジェデ・ジャーメ(ガズヴィーン)
写真1437 マスジェデ・ジャーメ
絵付けタイル

サファヴィー朝期になるとハフトランギー(絵付けタイル)が登場する(写真1437)。しかし、ヤズドの写真379あたりと比較するとやっぱり見劣りしてしまう。そういこともあってか建物の重要な・目立つ・注目を集める部分にはやっぱりモザイクタイルが使われている(写真1413)。この傾向はこの語も続くのが次のエスファハーンの建築を見てもよくわかる。地として認識されるようなところは絵付けタイルで十分だが、図として認識されるようなところは繊細なモザイクタイルという使い分けはなかなか合理的だと思う。

エスファハーンのマスジェデ・アリーのタイル

※ 以下の2つの写真がちょっと赤みを帯びているのは、夕方に撮影したため。

マスジェデ・アリー
写真965 絵付けタイル

マスジェデ・アリー
写真966 ファサードのイーワーン/モザイクタイル

エスファハーンで一番高いミナレットを持つことで有名なモスク。このモスク自体はセルジューク朝時代には既にあったらしいが、タイルは明らかにサファヴィー朝期以降に付け加えられたものだとわかる。まぁ、それは措くとしても、ここの絵付けタイルはなかなかきれいにできた質の高いものに見えた(写真965)。それから、重要な目立つところはモザイクタイルというのはここでも言えるようだ。写真966はファサードの入口のすぐ上の曲面で、モスクに入ろうとする人には必ず目に入るところにある。

エスファハーンのマスジェデ・ジャーメのタイル

マスジェデ・ジャーメ(エスファハーン)
写真950 中庭に面したイーワーンの内側/モザイクタイル

マスジェデ・ジャーメ(エスファハーン)
写真1169 モザイクタイル

このモスクは非常に古いことで有名。そういうこともあってか絵付けタイルはなかった(全部モザイクタイルだった)ように思う。(ほんの1時間程度の滞在ではすべてをじっくり見てくることはできなかったが。)写真950では凹凸のある壁面にタイル装飾が施されていて美しい。もしかすると、タイル装飾をする以前から凹凸を使って装飾されていたものを引き継いでいるのだろうか?

マスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラーのタイル

エスファハーンのエマーム広場にあるサファヴィー朝建築の、いやイラン・イスラーム建築の最高峰の一つであり、世界最高級のモスク建築の一つでもある。それがかつてのサファヴィー朝の王族専用のモスク、マスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラーだ。

マスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラー
写真1356 主礼拝室/インスクリプションはモザイクタイル、蔓草文様は絵付けタイル

マスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラー
写真854 ファサード/絵付けタイル

マスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラー
写真1356 主礼拝室/モザイクタイル

このモスクではほとんどモザイクタイルが主流なのかと思っていたが、思っていたよりは絵付けタイルが多く使われていた。しかし、絵付けタイルを使っていても、その見栄えはモザイクタイルに見劣りしないくらいのレベルに達している写真854などは絵付けタイルだがデザインの見事さも手伝って絵付けタイルの安っぽさをあまり感じさせない。

このモスクの場合、外側よりも主礼拝室が最大の見所。私は絵付けタイルは内部では全く使っていないと予想していたのだが、実はそこそこ使われていて驚いた。しかし、比較的目立たないようにこっそり使っている感じがした。トータルなデザインの調和があまりにも見事なために、注意して見ようとしな限り細部にこだわることを許さないのだ。もちろん、細部を見ても、このモスクはすごいのだが。

マスジェデ・エマームのタイル

かつてはマスジェデ・シャー(王のモスク)と呼ばれていた、これまたマスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラーと双璧をなす世界最高のイスラーム建築の一つ

マスジェデ・エマーム
写真1250 ファサード/絵付けタイル

マスジェデ・エマーム
写真1249 ファサード/絵付けタイル

ファサードのすぐ横にあるインスクリプション(写真1249)とそのすぐ隣の壁面(写真1250)。一見してすぐ分かるように絵付けタイル。このモスクはシェイフ・ロトゥフォッラーと同じように建物のほぼ全面が青いタイルで埋め尽くされているのだが、このモスクはエスファハーンでも最大級の規模を誇っている。そんな大きなモスクの全部を覆うのだからやはり絵付けタイルを多用せざるを得ないようだ。ただ、タイルのような細部に注目する者としては、この壮麗な建築も細部はそれほど完全ではないというのが見えてきて、少しがっかりした。もちろん、トータルで見ればほとんど他を寄せ付けないほどハイレベルなのだが。

個人的にはアラビア文字のインスクリプションは絵付けタイルとは合わないと思った(写真1250)。文字はどうしても白い文字の線を目で追うので、絵付けタイルだとそれがタイルの継ぎ目で遮られてしまうから。

マスジェデ・エマーム
写真1251 ファサード/モザイクタイル

マスジェデ・エマーム
写真1255 ファサード/絵付けタイル

この箇所(写真1251写真1255)の対比が、このモスクのタイル観察で最も興味深かったところ。これらはファサードのイーワーンの側面なのだが、左右のタイルの種類が違うのに気づいた。片方の壁面はモザイクタイルで、反対側の壁は絵付けタイルになっていた。これを見れば、モザイクタイルの美しさがよくわかる。オリジナルもこのような違いがあったのだろうか?それともその時々の修復の時点の経済的財政的な違いがこうした違いに繋がっているのだろうか?その理由は知る由もないが、興味深い問題である。

マスジェデ・エマーム
写真1317 回廊の天井/絵付けタイル

こういうの(写真1317)を見ると、技術的にも簡単でコスト的にも安上がりなハフトランギー(絵付けタイル)が開発されたことによって、建物の内側まで全体をタイルで覆いつくせるようになったのだなぁ、とある種の感慨がこみ上げてくる。ここまで完全にタイルで装飾したモスクはサファヴィー朝以前にはなかっただろう。

タイルの工房(エスファハーンのバーザールにて)

最後に、ちょっとだけ見学させてもらったタイル工房の様子を撮影してみた。

タイル工房
写真1325 タイルに色を塗っているところ

タイル工房の炉
写真1327 タイルを加熱する炉を上から覗き込む

下絵を描いてから色を塗り、最後に熱を加える。絵付けタイルにつけている塗料の色は、モスクなどで見てきたよりもずっと鮮やかだった。これらも加熱すると少し渋みのある色になるのだろう、などと思ったりした。タイルを加熱する炉も見せてもらったのだが、割れているタイルも結構多かった。タイル作りも楽じゃない。ただ、以前に見たことがある絨毯の工房などよりもこちらの職人たちの方が活き活きしている感じがして印象に残った。


「タイルの旅」を終えて

もう一度まとめなおして。

今回の「タイルの旅」で感じたのは、どれも何となく同じようでいて、どれも違っているのが面白いということ。確かに、旅して回っているとどれも同じに見えてくることもある。しかし、そのレベルを「一歩超える」旅をしないと、どこに行くにしても楽しさはなかなか広がっていかないのではないかと思う。新鮮さは何度も行けば(同じところでなかったとしても)次第に色褪せる。自分の見る目を養うこと――自分が変わること!――で常に新鮮な目でものを見ることができる

ただ、私はタイル自体についての(歴史的および技術的な)知識がまだまだ少なすぎると痛感した。また、タイルは時と共に貼りかえられるものなので、古い建築に使われているタイルでも、それがいつ付けられたものなのかは見ただけではちょっとわからない。建築形態であれば、修復時にもそれほど大きな変化はできないので、いろいろと判断できるが、タイルの場合はかなり難しいと感じた。まぁ、今後も少しずつ学んでもっといろいろなことを読み取れるように精進したい

以上の点を踏まえつつ、タイルについての全体的な印象をまとめると次のような感じになる。ファサードの特に目立つ部分はほとんど時代を超えてモアッラクが用いられる傾向がある。ハフトランギーの方が質の差が大きい感じがする。写真に提示できなかったものも含めた印象から、アラビア文字のインスクリプションはモアッラクが多いと思われた。マスジェデ・エマームは例外的なのではないか。このことはインスクリプションは尊重されているということを表しているのかもしれない。それだけでなく、実例を見る限り、文字の場合、蔓草文様などと比べてハフトランギーの「マス目」が目立つという欠点があるように思える。そうした実用的というか経験的に積み上げられてきた知識が活かされているのかも知れない。

歴史的に見ると、次のような仮説ができた。サファヴィー朝時代にタイル装飾は全盛期に入るが、深い青が特徴だと思われた。ティムール朝期も青いタイルがよく用いられているが、この時代の作例で使われている青は、水色に近いものが多い。また、サファヴィー朝全盛期のものから外れて(エスファハーンなど以外の)地方では、ややタイルの色使いが違ってくる。今回は行かなかったがシーラーズなどはピンクや黄色が多い。他の地域はどちらかというと水色が多い。単純化するならば、イラン(ペルシャ)建築のタイルの全般的な基調となる色は水色、青、紺色、白などであり、ピンクや深い青などは「特定の時代や場所の君主(パトロン)たちの自己主張」というイメージで捉えられるのかもしれない。その意味ではメイダーネ・エマームにある2つのモスクは典型ではない。(しかし、それらは最高峰ではある。)

最後に。蔓草やアラビア文字などの細い曲線のタイルを組み合わせているのを見ると、よくぞここまでやったものだと感心する。匠の技を見た思いがする。この感動を分かち合える人が少ないことは、少しばかり残念というか「もったいない」と感じる。



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